こんにちは!フランス語科3年、事務局長のつかもとです。

外語祭までいよいよあと10日となりましたね〜!

 

私が初めて外語祭に来たのは、高校1年生の時でした。

円形広場にずらっと立ち並ぶ料理店を切り盛りする1年生、

専攻語で演技したり日本語字幕を作ったり、語劇で日々の学びの成果を発揮する2年生、

模擬店や野外ステージ、講義棟内の企画で垣間見た、勉強以外の活動にも全力な学生たち…

高校1年の私の目にはすべてがキラキラと輝いて見えて、虜になって、私もここで学ぶんだと心に決めました。

 

一途に思い続けた外大に無事に入学した私は、他のサークルや部活と迷いつつも、外語祭実行委員会に入ることにしました。

外大を志望する第一のきっかけとなってくれた外語祭がこの先もずっと続きますように、

私のような高校生が憧れる外大生の支えになれますように。

そんな思いを密かに抱えて入会しました。

気がついたら丸3年が経とうとしています。

 

飽きっぽいから一つのことを続けるのが苦になる人、

大好きというほどでなくてもなんとなく続けられる人、

辞める勇気がないから仕方なく続ける人…

切り替えの早さや忍耐力は人それぞれで、考え方も様々です。

 

私の場合は、幼い頃に親の勧めで始めた習い事は10年以上続けています。

中学も高校も同じ部活で6年間続け、外語祭実行委員も3年目になりました。

飽きることがあまりない上に、すべて自分の好きなことだったから、どれも長く続いています。

 

そんな私の言うことなので、偏りはあるかと思うのですが、

私は、何かを続けることよりも、何かを辞める決断をすることの方が勇気の必要なことだと常々思っています。

それは、継続すればその先得られるかもしれないものを自分から切り捨てる、ということになるから。

人生は選択の連続です。何かを選ぶとき、ひとは自分だけの天秤にかけて判断をします。

選択の基準は人それぞれですが、自分が「ぶっちぎりでAだ」と思っても他の側面から見たらBの方が良いところもあるかもしれない、ということを忘れたくないなと思います。

それから、こういう場面での判断基準は「役に立つかどうか」であることが多いと思うのですが、そんなことよりも「好きか嫌いか」を第一の基準にすることを考えてほしいなとも思います。

 

例えば。

私は小さいときに親に水泳を始めさせられたのですが、忍耐力が取り柄の私も、水泳は大の苦手で、自分から早々に辞めたということがありました。

でも、もし続けていたら、体力もついて、肺活量も増えて、後に中学高校でやることになる吹奏楽の助けになっていたかもしれません。

水泳を始め、そして辞めることにした小学生の頃の私は、中学生になったら自分が吹奏楽を始めるとは考えもしていませんでした。なので、先を見通して、水泳を続けた方がよさそうだという判断は到底できませんでした。

だから、ただ「好きじゃない」の一点で辞めたのです。

 

このことは当時私が小学生だったから言える話ではない気がしています。

この先の人生に何が待ち構えているのか、何が将来の自分にとって役に立つのか、大人になってもわからないことはたくさんあります。

だからこそ、自分の心の声に耳を傾けて「好きか嫌いか」で物事を選択することの方が自然だと思うのです。

 

やりたいことがわからない、という悩みは多くの人が持っていることと思いますが、いったん目的や理由は横に置いておいて、自分が直感的に好きなことをやることで視界が開けるんじゃないだろうか、とぼんやりと考えています。

 

そして、悩みに悩んでどうしようもないときは、今やっていることを辞めて何もしないよりかは、今やっていることを続けてみるということもいいのではないでしょうか。

完全に立ち止まるよりは、歩みを緩めてでも少しずつ前進していた方がいい。

辞める勇気の無さや惰性からであっても、ただ継続するだけで得られるものもきっとあるはず、ということはこのブログのタイトルが示してくれている通りです。

 

かく言う私は、この3年間、外語祭実行委員会での活動を通して、沢山のことを学びました。この場を借りて関わった色々な人に感謝申し上げます。

 

来たる5日間のために、実行委員はもちろんのこと、参加するすべての外大生たちが多くの時間をかけて準備をしてきました。

彼らの一瞬一瞬の輝きを見逃さないでほしいです。

第96回外語祭、沢山の方のご来場をお待ちしております!

つかもと(事務局長)