本ブログを書くのはもう3度目になります。副委員長のベールです。副委員長になってから今日まで時の流れは残酷で、息をつく暇もありませんでした。うん、どう考えても早すぎる。
さて、私の持ついや~な肩書である「副委員長」についてちょろっと触れますね。
何が嫌かって、文字通りに考えれば、「副」「委員長」なので、委員長が動けないときの代わりとしての存在です。別の組織では、「楽のできる幹部」的ポジションも十分あり得る役職ですね。だから、だれか外実じゃない人に会うときに「副委員長の〇〇です」とは言いづらかったし、言いたくなかった。「サブ」としてやっているつもりなんて全くなかったから。
そして外実の副委員長業務は、(これは委員長をはじめ外実の皆は理解してくれていることですが、)決して委員長の代理では済みません。じゃあ何をするのかという話は長くなるので致しませんが、おおざっぱに言えば、委員会の顔たる委員長と、お金の管理をする会計、以外の業務全般です。まあこれが曲者ぞろいで本当に。手がかかるんです…

 

さて、私は副委員長という立場上、委員内のいずれかの局に所属しているわけではありません。外実の皆と広く関われる、皆の「先輩」です。いい立ち位置ですよね。けれど、皆にとって、ある意味では先輩でも、具体的に何かを後輩と共に話し合い作り上げるということはできません。確かに「先輩」ではあるけれど、どこか遠いヒト、それが私の立ち位置です。かくいう私も1年生のころは同じ考えだったので、この事実は変わらないんだろうなと思います。もともと人付き合いが不得意と言わざるを得ない私が副委員長なんかになってしまったのもあり、ますます遠い人になってしまったなぁ、がんばれよ自分という感じです。
こんな立ち位置にいても、実は後輩のことはよく見えるんです(言っちゃった)。「少し離れた人のほうが子供の成長がよく見える」って話に近いものがある気がします。
兎にも角にも、彼ら彼女らの級数スピードは予想を大きく上回り、逆に驚くこともしばしばあって、いよいよおじいちゃんの気分です。

こんな私ですが、1年生だった時があって(衝撃でしょう?)、そのときの副委員長(もちろん委員長も会計も)は確かに、近かったけど遠かった。なんとなく。
そんななか、私は「事務局」という料理店・模擬店サポートの局にいて、局長をはじめとする頼もしすぎる、私なんかにはもったいない先輩、同期に囲まれ、外実というよりは「事務局員」として外語祭を経験しました。
2年生になると、事務局の先輩だった人が副委員長と会計になって、彼彼女は、「事務局の先輩」というより「外実の先輩」になりました。これまたなんで自分の下でここまで育つのかというような優秀な後輩も入ってきて、身近な副委員長(と、会計)がいたこともあり、外実の全体がぐっと見えるようになりました。また、「1人の先輩」が新たに「局長」になり、やはり「事務局員」として、外語祭を経験します。
こうして2年間事務局にどっぷりつかり、それなりの「事務局員」にしてもらった私が、いよいよ「副委員長」になりました。事務局に残った同期や後輩たちは、素晴らしい1年生を迎え、みなで「事務局員」になっていきました。他局の同期たちも、それぞれ新しい「局」を作り上げていました。さて私はといえば、誰だっけ。「皆の先輩、でもちょっと遠いヒト」。羨ましいなあまったく。
でも私は副委員長になる決断を後悔していません。少しもです。なぜなら、この立ち位置にいると、皆の成長はもちろん、皆の頑張りも見えてくるからです。後輩だけではなく、同期たちもこれに含まれます。頑張る人を支えるのに喜びを見出した私は、2年生で外実全体が見えるようになって、「「頑張る人を支える、頑張る人」、を支える」存在になってもいいな、なりたいな、と思ったんですよね。
副委員長になってからの日々を振り返って何が一番うれしかったかといえば、後輩たち、そして同期たちが、プロの外実、プロの「〇〇局員」になっていく様子を見ることで、その喜びがあったからこそ、ここまでやってこられたのです。「「頑張る人を支える、頑張る人」、を支える」存在になろうと皆をかげながら応援していた私は、逆に、その頑張りを見ることで逆に皆から支えられる人になっていたのです。なんてこったい。

さあ、この外語祭で、彼、彼女らはより一層の成長を見せてくれることでしょう。私は「ちょっと遠いヒト」でいい。こころから、そう思います。ちょっと遠いヒトだけど、外実のみんなを、応援しています。

 

 

 

 

ベール(第97回外語祭実行委員会 副委員長)