私の日本生活

こんにちは!!私は自分が日本に引っ越してばかりの時にした思い出について書こうと思います。
 私は中学1年の秋に日本に来ました。来月でちょうど7年になります。「父の転勤で日本に引っ越すかもだけど、する?」と親にきかれた時は、私は一年くらいで帰って来れるだろうと、短期留学的な感覚で日本語できるようになって帰ってきたらカッコ良さそうだし行くか!と軽々しい思いでいくことを決めました。日本語にも日本にも1ミリも関わる機会がなかったので、ひらがなとカタカナの違いもわからずして日本に飛びました。学校に入るまでの6ヶ月は観光客になった感覚で秋葉原とか原宿とかを妹とぶらぶらしながらウキウキ楽しく生きていました。学校を決める際に、私はもちろん韓国学校(?)のような韓国人が多い学校に行きたかったのですが、親が大反対したので、普通の日本の公立に放り投げられました(笑) とても大変でした。ひらがなとカタカナを漸く覚えて入ったので、授業の内容など一切わかるわけがなく、(でも、数学と英語は数字と英語なのでなんとかついて行けました。)授業中には好きなアイドルの歌詞をノートに適当に書きながらいました(笑)。先生も何書いてるのかわからないのでノート覗いてふんふんといってノータッチでした:爆笑:先生たちは本当に優しかったです。外国人だから差別するとかもなく、何倍も気使ってくださりとても良かったです。当時はKPOPとかも全然流行っていなくて、韓国に対して何も思ってないか、韓国が嫌いかどちらかの選択肢しかなかったので、もっと生きづらかったです(笑) 7年くらい早くK-POPとか流行ってくれてたらなぁとかたまに思いますが笑。私のクラスに外国人がとても嫌いな子がいて、その子にイントネーションが変だからとかの理由で嫌われて、そしたら中学生の幼いノリで周りの男の子たちはみんなその子に流されて、私を馬鹿にしてきたりなど、とても嫌な思いをしました。夜ベッドに入ると起きたら明日が来てまた学校に行かなきゃいけないから寝たくないと思うくらい辛かったです。親に韓国に帰らせてと言っては、もう戻れないことを確かめられて絶望する毎日を送りました。女友達はそれなりにいたので、一緒にやめてって言ってくれないかなぁとかこっそり思いながら助けを求めてもみんなは無視して〜としか言ってこなかったのはショックでした。多分その男の子に嫌われたらめんどくさそうだとか思ったのだと思います(笑) でも韓国人の女は負けてられません(笑) 私は死ぬ気で勉強し始めました。死んでもあの人たちは抜こうという思いで勉強したら結果ずっと全校3番とか2番とかするようになりました。時間が経つにつれて男の子たちも心を開いてくれたのか全然普通に話しかけたりしてくれたので、そしたらその男の子もちょくちょく話かけてくるようになりました。高校も推薦ですんなり決まってくれて、そこからはとても楽しかったです。でもトラウマで正直に高校入ってしばらくは日本の男の子とは怖くてあまり喋れなかったです。でもその男の子(?)のお陰で勉強も頑張れて結果全てうまく行きましたし、今ではとてもありがたいなと思っています!高校生活は言うまでもないくらいとてつもなく楽しくてあまりにも遊びすぎて浪人しました(笑) 一般で自分の母国語じゃない言語で大学に受かったのはとてもいい人生の財産になったと思います。色々頑張って生き抜いたので、結果日本生活は成功したと思いたい&これからも思えるような人生を送れるようゆっくりじっくり頑張っていこうと思います。:力こぶ::おじぎ_女性:

 

じょん(野外ステージ局1年)