del Zapatero al Jefe(靴屋からボスへ)

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ついに番が回ってきましたね。え?誰も待ってないって?大丈夫、自己満足ですから。
何を書いてもいい場所だと思っているので、今の感情とか自分の過去とかをぶちまけさせていただきます。文体も内容もぐちゃぐちゃですが、お気になさらず。

先日、僕は第100回外語祭実行委員会の委員長に就任しました。一言で言えば、めちゃくちゃ興奮してます。もちろんそれ以前に感謝の気持ちは忘れていませんが。夢に見た実行委員長になれたのですから。

僕が学園祭実行委員会の委員長になろうと決めたのは、高3の頃。高1・2の頃には文化祭実行委員をやっていて、簡潔に言えば楽しかったからという理由で、その時点で既に大学でも実行委員会に入ることは決めていました。しかし、高3の時の文化祭でクラス企画のチーフを務めた経験が、その思いを狂わせ(?)ました。企画として演劇をやったのですが、チーフとしてまるで仕事を果たすことができませんでした。やることが全て後手に回り、全くイメージ通りの出し物ができなかった。みんなのポテンシャルを全く活かすことができなかった。でも、チーフをやってくれたからということで、みんなは感謝の言葉をかけてくれた。僕は死ぬほど悔しかったです。クラスメイトには謝ることしかできませんでした。そしてこの時に「このまま悔しい思いを抱えていてはだめだ、またどこかでトップに立って、この悔しさを晴らそう」と決めたのです。それが、もう一度実行委員会に入るという思いと重なり、「どこの大学に行っても委員長になるんだ」という強い思いを抱かせることとなりました。

それからかれこれ1年半ほど経った頃、外大に入学し、予定通り外語祭実行委員として活動をしていた僕に「語劇の代表をやらないか?」という話が舞い込んできました。このとき、僕の中に苦い記憶が蘇ってきました。高3の文化祭で、まるで何もできなかった自分…。しかもよりによって演劇…。外実と両立できるのかという不安もありました。しかし同時に、これをチャンスだと捉える自分もいました。しばらく葛藤した末に、代表になることを決めました。理由は明確です。悔しさを晴らすには、もう一度挑戦するしかないから。そしてそれは、その先にある「委員長になる」というさらに大きな目標につながると思ったから。結局僕は代表兼キャスト(靴屋役)として、語劇に命をささげることを決めたのです。そこから約半年間、朝から晩まで語劇のことを考え、靴屋を演じる日々を過ごしました。それと同時に外実の仕事もバリバリやっていたので正直キツい時もありました。でも、どんなときも常にやりがいを感じ、語劇本番、そして外語祭の片づけ日まで、この上なく楽しい日々を過ごすことができました。それはきっと、自分のやりたいことを必死にやることができていたから。劇が終わった瞬間に泣き崩れたのは、その日々が終わってしまうことへの寂しさの表れだったのだと思います。でもその次の日には気持ちはもうすっかり切り替わっていて、外語祭の片づけがまだ終わっていないにもかかわらず「来年の外語祭どうしようかな…」と考えている自分がいました。まだあと1年、僕にはやるべきことがたっぷり残されている。語劇・外実の二足の草鞋を履きつぶしたこの半年は、あくまで準備期間。やっと体が温まってきたって感じかな。この経験で培った、リーダーに必要な心構え、マネージメント能力、体力をガンガンに活かしていこう。そのように考えていました。

その後、委員長候補としての所信表明演説・投票を経て、ついに外語祭実行委員会の委員長になることができたのです。この時の覚悟は並々ならぬもので、「委員長になれなかったら外実を辞める」と本気で思っていました。晴れて2年前に掲げた目標を叶えることができたわけですが、その目標の形は一定だったわけではありません。外実として活動する中で芽生えた、外実への愛・外実としてのプライドが、その目標をより強固なものにしました。大好きな外語祭を、もっとすごいものにしたい。外大が誇る外語祭というイベントを、もっとたくさんの人に知ってもらいたい。さらなる目標が加わり、僕の中で燃えるやる気の炎に、常に薪をくべてくれています。

まだまだ仕事は始まったばかり。あと一年、死に物狂いで頑張っていきます。

最後に。
本部員、そして外大生のみんな、俺についてこい。
一緒にすげえ外語祭創っていこうぜ。
そしてフィナーレの日に、舞台から、大きな愛を叫ばせてくれ。

たっつん(100th外語祭実行委員長)