ちょっと深い話

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こんにちは〜 渉外局3年ドイツ語科のまいです。
先週ついにワクチン2回目を接種し終わり、解熱剤を飲まずに闘った人間です。控えめに言って灼熱地獄でした。 これから2回目を接種する皆さん、解熱剤は必ず必ず用意しましょう(教訓: 冷えピタは焼け石に水)。冷えピタはおでこではなく、腕の腫れを冷やすのにちょうど良かった。3回目打てるよって言われても打ちたくないなぁと思ってしまうくらい悪夢の記憶。軽くトラウマ。

さてはて何書こうかな〜と他の部員のブログをチラ見させて頂いたところ、受験生へのアドバイスや外語祭の話だったり、趣味の話だったり…なんやめちゃくちゃ楽しい文章じゃないか!!!へぇー ほぉーふぇーと阿呆みたいに読み漁ってしまった。毎年毎年面白い。そして参考にするはずが、ちょっとみんなと違うスタイルのテーマで書きたい、どっしり書きたい!と急に思い立ち、内容を決めました。(※レポート書き足りない訳では決して無い)

私が外語祭実行委員として最後のブログでお話したいこと、それは、「実学」「虚学(非実学)」についてです。うわぁーとんでもなくお堅いテーマを選んでしまった。しかも外語祭と全く関係ないし。読者の皆様も、日々論文や問題文など沢山読んでいらっしゃると推測されるので、こういう話題はもううんざりだという声が聞こえてきそう…。だがしかし、ちょいと語りたい。ので、皆様のご意向を無視して強行突破したいと思いますごめんさい(土下座)  どうかつまらないと思わずお付き合い下さいね。(そんな抽象的な話聞いてられるか!時間なんてねぇ!!というお方は、解熱剤と冷えピタのアドバイスだけはしっかり受け取ってそっと画面を閉じて下さい笑)

さてさてやっと本題に入ります。
今回は、大学での学問に関わる人(特に文系学生)ならば、誰しもぶち当たるであろう問い「今学んでることって社会で役に立つん??」という疑問まで最終的には考えていきます。(……レポートやん)

まず、前提知識として。長ったらしいので薄目で流し読みしてください…

「実学」とは、実務的なことに基づいた、商売や経営、科学技術などの、つまりは金儲けに直結したり、社会生活に実際に役に立つような学問のこと。大学で専攻するとすれば、経済・商学部や理系学部ほぼ全般とも言えるかしら。
一方で、「虚学(非実学)」はもうちょい多岐に渡っています。分かりやすいイメージとしては、人類学や歴史学、神学や宗教学など。学術的に研究するにはめちゃくちゃ面白そうな分野だけど、仕事に活かせるかと聞かれると微妙なライン。個人的な意見だが、そもそも私は「虚学」という名前自体なんか腑に落ちない、「実学」側から鼻であしらわれている感じがして具が悪い。でも実学の対義語として調べたら出てくるんだよな…うーん。
本題として、この「虚学」について話したいのだが、それに「精神/内面性」という話題を被せて語りたいので、まだまだ前提知識を暴筆しますお許しくださいませ。。。
「精神/内面性」という一見闇深そうなワード。これは私の専攻であるドイツと深く関わりを持つ最重要キーワードなんです。ドイツ的なものの特徴として、精神面や内面性の洗練は真っ先に重要視されてきました。ドイツ文学ではトップレベルに有名なゲーテ大先生著作の『若きウェルテルの悩み』を例に挙げましょう。主人公のウェルテルとシャルロッテは内面性に優れた、まさに「教養に溢れ感情に豊かな人物」として描かれています。(彼らの感情的な言葉の掛け合いと精神的な繋がりが凄まじいので、このドイツ的な「教養」「精神性」(あとロマン主義)について考慮して読まないと、読者は怒涛の感情の嵐の外側に置き去りにされてしんどい)  繰り返すようだが、このように、内面性や感情の豊かさを基盤に、教養み溢れる主人公を描く内容がTheドイツ的な代表作品なのです。うわぁなんか重たい。ラテン系のように陽気にいけないのがドイツ。(陰キャか?)

ドイツ的な精神・内面性の高さは「教養」に直結しています。現代社会での「教養」は、一般常識をも含みますが、ドイツ的な意味合いでの「教養」はもっと学術的で高度かつ深い内容を指します。平たく言うと、世間が知ってる常識レベルの教養ではなく、限られた人しか理解し得ない学問、といったニュアンスです。なんか学問がとてつもなく高度な領域になっている。。。その理由は明白。現在私たちは義務教育に始まり、大学まで進学することがやや当たり前となっています。しかし、近世のヨーロッパでは、大学に進学できるのは全人口の5%にも満たなかったとも言われています。つまり、大学に通っているだけで超スーパーエリートの特権階級だったんです!!(彼らは後に「教養市民層」と呼ばれるようになります)
「教養」に話を戻します。当時の大学で哲学や神学などを学んだ教養市民層は、大学卒業後、どのような道を歩むのでしょうか。こんなスーパーエリート人間、現代ならば一流企業に就職して、高収入でハイステータスな職業に就けるでしょう。しかし、当時の教養市民層の最終目的は、高収入な職業ではありませんでした。金稼ぎよりも、自分がいかに内面的に成熟しているか、いかに高い思考力を持っているのか、どれだけ知識を身につけているかを重要視したのです。言い換えると、教養を追求したとも表現できます。教養を身につけることで、内面性が洗練される。教養こそが実務的な商売からは求められない、素晴らしいものだとして捉えていたのです。

え、、いや、正直言って凄くない?!なぜそこまで教養に対して純真でいられるんだ。まあとりあえず、虚学であろうが知識や思考力を身に付けて教養市民層になる、それが「精神的/内面性」に優れた人間なのです。(※ドイツ的には) そんな彼らにとって実学や実務的な金儲けは眼中に無かったのだといえます。

では、現代社会に生きる我々はどうすべきなのか。教養市民層の教養(虚学ベース)に対する崇高な姿勢は見習うべきかもしれない。しかし実学を完全に見下し、無視することも出来ないこの世の中。ほとんどの学生がぶち当たるであろう「就活」で、文系学生は辛いと言われる所以を考えると、これに関してはうんともすんとも言えなくなってしまう。
うーん難しい。

結論から申し上げると、私は虚学を肯定します。むしろ必要不可欠だと感じています。(ドイツ語科としてドイツ的な思考を贔屓している訳では全くないことは強調しておきたい)

例えば、実務的な会計学を学ぶとします。簿記を学んで会計士や税理士になって、傍から見れば成功したような人生かもしれません。しかし、会計の勉強をしたところで世の中のお金の流れが完全に理解できるのかと聞かれれば否です。会計学を学んだところで、自分の精神面が磨かれることもほぼないでしょう。実学を習得することは、あくまでも世の仕組みを論理的に把握し、自分の生計を立てる手段だと私は捉えています。
虚学を基盤に考えてみるとどうでしょうか。視点を少し変えて、貧しい人は本当に不幸なのか、豊かな人が真の成功者なのかという議論が為されるかもしれません。そもそも「お金」という数字上で示せる富がなかった時代の物に対する価値観はどうだったのか。或いは貧困の中にある幸福について学ぶ中で、自分の価値観が再構成されれば、それは自分が精神的により成長し、豊かになることにも繋がります。もちろん、このような議論を重ねても貧富の格差に対する有効な解決策は何も出てこないと思いますが。
人は実務的なことだけに従事して生きている訳ではありません。同様に、虚学の世界の中だけに留まることも不可能なのです。
何が言いたいのかというと、両方とも上手い具合に身につけよう、ということです。

人は社会生活をする中で、必ず社会から多くの(多過ぎる)要求を受け取ります。これをするにはこれを学んできて欲しい、何かをするためにこれだけ払ってください、この技術を持った人を募集します。確かに社会が要求する分野は実学かもしれない。でも、それ以前に人として生きる際には、内面性を豊かにし、思考力や感受性を高める学問が確実に必要なのです。
当たり前のことを言っているように感じると思いますが、実際の世の中でどれだけの人が社会からの要求に潰れかけて、自分の意思を失っているかよく見渡してみて欲しい。本当に私を幸せに感じるさせるものは何か、私の感受性を突き動かすのは何か、自分の精神安定剤は何か。逆に、自分と価値観が違う人とどうやって付き合うのか、自分が嫌なことは何か。こういう問いへの答えは、自分が自分と向き合わない限り一生出てこないし、世の中を自分自身の目で見て自分自身の心で感じている人は意外と少ないと思います。
さて、冒頭で記した「今学んでることって社会で役に立つん??」という疑問ですが、ここまで読んでくださった皆さまなら答えが、もしくは答えに準ずる考えが浮かんでいるかと思います。
私の意見は、「社会で役に立つのかという疑問自体、どこの誰から押し付けられたの?」です。社会に自分の学びがどれくらい役に立つかなんて知ったこっちゃない。今大学で学びながら自分磨きしてるんだ、内面を豊かに育んでいるんだくらいに思っていれば大丈夫。

そして最後にもうひとつ念押したいことは、それを学び洗練させられる「場所・時間」は何処にあるかということです。

そう、「大 学」。
そこに通えるこの「 4年 間」。

人として内面性を成熟させ、自由に時間を使って自分に向き合えるのは、やはり大学生の時期が一番良い気がします。これに関してはあくまで個人的見解なので、異論も両腕広げて受け入れるスタンスです(笑)

それを再考したうえで、大学生という教養市民層としての身分を、時間をどのように使うのか、最近私はよく考えるようになりました。(大学3年目にしてやっとですか)

とてつもなく長文を書き綴ってしまい、明確な結論も無く、文章に飽和を感じてますが、とりあえず語りたいことは語り尽くした。大満足。

ここまでお付き合い下さった皆様には心から感謝申し上げます。。。こんな駄文を読んでくれてありがとうございます…感謝。様々な本やインタビュー、講義、講演会、SNSなどの様々な媒体からインスピレーションを得てあちこち組み合わせて考えたので、支離滅裂だったり筋が通ってない部分があるかと思います。理解しづらい部分がありましたらすみませんでした。
いつか皆さまの意見も聞きたいなぁという所存です。